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浦和家庭裁判所 平成12年(少)2058号 決定 2000年6月28日

少年 M・K(昭和56.8.12生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、警備会社にアルバイトとして稼働しているものであるが、会社の先輩社員であるA (当時44歳)から仕事に関し注意をされたことなどから、かねてよりAのことを快く思っていなかったところ、平成12年5月14日、Aが少年の住む寮に訪れ、同寮に住む会社の同僚に対し「やつはできねえ。あんなやつ、いらないからくびだ。」「借りた金を返さない。」等少年の悪口を話しているのを聞いて憤慨し、また、翌日からAと同じ現場で仕事をすることが耐え難い気持ちとなって、Aに対する恨みを晴らし今後Aと一緒に働かなくてもすむようにしたいと考えて、Aの居住するアパートに火を放ってAを殺害することを決意し、平成12年5月14日午後11時50分ころ、灯油、広告紙、軍手及びライターを用意して、埼玉県鴻巣市○○×丁目×番×号所在の○□アパートに赴き、同アパートのA方玄関において、木製扉に灯油をまき散らした上、広告紙にライターで点火し、火力が弱いことからさらに軍手に灯油を染み込ませ、ライターで点火し、これらの火を玄関扉に燃え移らせて、A他2名が現に住居に使用する上記○□アパート(木造二階瓦葺一部平家建長屋住宅、延面積145.42平方メートル)を焼損させたものであるが(焼損面積96.87平方メートル)、Aが火災に気付き2階窓から屋外に飛び降りたため、全治約2か月位の治療を要する右踵骨骨折、第2腰椎圧迫骨折の傷害を負わせたに止まり、殺害の目的を遂げなかったものである。

(適用法令)

殺人未遂について 刑法203条、199条

現住建造物等放火について 刑法108条

(処遇の理由)

本件は、勤め先の先輩社員から悪口を言われて憤慨した少年が、先輩社員に対して殺意を抱き、夜間、同人や隣人が住む木造アパートに放火し、同アパートをほぼ全焼させたが、先輩社員は同アパートの2階窓から飛び降りて逃げたため、右踵骨骨折等の傷害を負うに止まり、殺害の目的は遂げなかったという殺人未遂及び現住建造物等放火の事案である。

本件において、少年は、夜間、放火に必要な道具を持って先輩社員の住むアパートに赴き、先輩社員の部屋に豆電球が付いていることを確認し、同人が在室しており、かつ、就寝しているであろうと考えた上で、同人が逃げられないようにと同人宅の唯一の出入り口である同人方1階玄関に放火しており、確定的殺意による用意周到な計画的犯行であり、殺人未遂及び現住建造物等放火としては極めて悪質な事案である。

幸い、就寝中であった先輩社員Aが目を覚まして火災に気付き、2階窓から屋外に飛び降りたために間一髪で一命を取り留めたが、Aが火災に気付くのがもう少し遅れていれば、重大な結果が生じていてもおかしくはない状況であり、本件は、人命を奪う危険性の極めて高い態様での放火であったことが認められる。また、被害者Aが負った傷害は決して軽くない上、自宅が全焼することにより財産を失ってもいる。また、同人は、本件後、精神不安定により一時警察の取調べに応じられない状態にもなっており、本件が同人に与えた精神的衝撃は相当程度に大きかったことが窺われる。さらに、少年が放火した木造アパートは長屋の構造となっていて、A宅の隣りに老夫婦が居住していたものであるが、同人らは本件時偶々旅行中であったため、命を落としたり傷害を負うことはなかったものの、同アパートがほぼ全焼することで、同人らは焼け出される結果となっている。 少年は、同アパートにA以外にも人が住むことを知っており、また、本件放火時にはそれらの人が就寝中かもしれないとも思いながら、Aを殺すためならその他の人を巻き添えにすることもやむを得ないという思いで、老夫婦宅玄関と隣接するA宅玄関に放火したと述べており、この点でもその犯情は悪い。

Aが少年が聞こえる場所で飲酒の上で少年の悪口を執拗に話しているのを聞いて憤慨し、このようなAと翌日から同じ現場で仕事をしたくないという思い詰めた気持ちから本件犯行を行ったという少年の本件動機については、少年が不遇な生い立ちの中、18歳という若さで自活をし彼なりに懸命に日々の生活を送っていたという事情も合わせ考えれば、同情できる点もないではない。しかし、被害者Aには命を奪われるほどの落ち度はもとよりなく、短絡的に殺人を決意した少年の人命軽視の態度や短絡的発想は厳しく非難されるべきものである。また、何ら落ち度のないアパート住人やアパートの所有者らをも巻き添えにした少年の責任は重く、また、それらの者を巻き添えにすることを厭わなかった少年の共感性の乏しさ、視野の狭さについてもその問題性は大きい。さらに、本件放火は、木造家屋が密集して立つ住宅地において行われており、近隣住民に与えた恐怖、不安感は小さくなかったと認められ、少年の行為の地域社会に与えた脅威、影響、社会的責任も軽視できない。

本件非行の内容は悪質かつ重大であり、その結果も大きいが、被害者らに対し少年から被害回復や慰謝の措置はとられていない。

以上のような事案の悪質性及び重大性、すでに18歳という少年の年齢に鑑みれば、少年については、相当期間施設に収容することにより、自己の行為の重大性とその責任を自覚させる必要がある。

加えて、少年は、浦和家庭裁判所調査官作成の少年調査票(A)記載のとおり、幼少時に両親が離婚してしばらく母親に引き取られた後父親に引き取られ、1歳時の昭和58年7月に社会福祉法人児童養護施設○△に入園し、平成10年3月に退園するまでの間、実兄らと共に同園で生育している。平成9年3月に中学を卒業した後、就職をしたものの、職場での対人不適応から勤め先を転々とし、本件時までいずれの仕事も長続きさせることができずにきたものである。少年は、対人不信感の根強さなどから、他者と必要以上のかかわりを避け、親密な関係を持つことができずにおり、職場における対人不適応からこれまでいずれの職場にも定着できずにおり、また、職場における対人不適応を背景として、本件を引き起こすにも至っている。少年は、対人関係において生じた不満を適切な形で発散処理することができず、内面に蓄積させ、増幅させやすいという傾向や独り善がりで思考が固く、他者への共感性に乏しい傾向など、資質面に関わるいくつもの問題を抱えているが、これら資質上の問題は、基本的な信頼関係を持つべき乳幼児期に両親からそれぞれに引き離され、2歳にならない段階で養護施設に預けられ、他者との間で情緒的一体感を味わう体験をほとんどしてきていないという生育歴を背景に有するものである。本件非行にはこれら少年の資質上の問題が深く関わっており、少年が今後社会生活に適応していくためには、これら資質面の問題の改善が不可欠である。また、少年については、現段階においては矯正教育によって改善が期待できる。しかし、その問題の背景の深さに鑑みれば、その改善矯正には、相当期間にわたる綿密な専門的・治療的処遇が必要であると考えられる。

以上からすれば、少年については、これまで家庭裁判所の係属歴がなく、本件が初めての非行であること、本件実行行為後自ら警察に電話をかけて自首をしていること、本件を反省していることが認められることなどの事情を考慮しても、少年院に収容して、矯正教育を施す必要があり、事案の重大性、少年の資質等に鑑みれば、通常の長期よりも相当期間長期の処遇を行うことが相当である。

なお、少年については、福岡県に在住する実父及び東京都に在住する実兄が審判廷において少年の今後の更生に助力する旨述べており、実父が出院後の引き受けを希望しているが、少年と実父はこれまで共に暮らしたことがほとんどないことからすれば、処遇勧告書に記載のとおり、少年の出院時に備えて、早期から保護観察所と連携を取り、通信、面会等を通じて親子間の意思の疎通を図るように指導し、出院後の受け入れの準備について指導、助言を与え、保護環境の調整を図っていくことが望ましい。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 山下美和子)

〔参考1〕処遇勧告書

〔参考2〕環境調整命令書

平成12年6月28日

浦和保護観察所長殿

浦和家庭裁判所

裁判官 山下美和子

少年の環境調整に関する措置について

少年 M・K

年齢 18歳(昭和56年8月12日生)

職業 警備員

本籍 東京都多摩市△○×丁目×番地××

住居 埼玉県鴻巣市△□×××番地××△△

当裁判所は、平成12年6月28日、上記少年について、中等少年院に送致する旨の決定をしましたが、少年の出院後の社会内処遇を円滑に行うために、環境調整の必要があると考えますので、少年法24条2項、少年審判規則39条により、下記の措置を執られますよう要請します。

なお、環境についての調査の結果等については、当庁家庭裁判所調査官作成の平成12年6月26日付け少年調査票及び浦和少年鑑別所長作成の平成12年6月21日付け鑑別結果通知書の各写しを参照して下さい。

1 少年の少年院在院中に、少年の実父に対し、少年院への面会や通信等を通じて親子間の意思の疎通を図るよう指導すること。

2 少年の少年院在院中に、少年の実父に対し、少年の少年院出院後の受入れの準備をするよう指導、助言を与えること。

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